不動産鑑定評価制度を維持するために

会計検査院や世論の動向から、
公共事業の発注は軒並み一般入札制度になりそうだ。効率的な予算執行を求められているのだから当然とも言える。 しかし、考えなければならない点もある。

良好な品質の確保 規格が明確なものを届けるような業務、たとえば工場生産された商品の納品であるなら、誰が行っても同じ品質の成果が得られよう。一般的な建築や測量業務も規格化しているものが多いから、一定水準の技術者が携われば成果の水準も確保しやすいだろう。 しかし、鑑定評価は鑑定士という評価主体が行う調査と、鑑定主体の判断部分とから成り立っている。 そこには、少なくとも ①調査手順が案件に応じて正確に行われているかどうか ②鑑定評価の手法が適切に適用されているか ③地元の不動産取引動向に精通した鑑定士が判断を行ったか ④最終的な結果が合理的であるか という各事項を十分クリアする必要がある。 ①の調査手順を考えると、取引事例比較法だけを取り上げても、取引事例の取引内容の他 対象不動産と同様に用途地域等の公的規制の内容、下水道等公共施設の有無や周辺の状況、さらには土壌汚染等の調査まで、価格形成に影響のある様々な情報を調査し、それぞれの特性が価格に及ぼす程度を判断しなければならない。調査すべき公共機関は法務局、市役所、ガス会社をはじめ、多岐にわたる。各機関が近くに並んでいたとしても、対象不動産と事例地の現地と各機関を回れば、少なくとも1日、担当者が居なければ数日を要することもしばしばである。また、一筆千円を要する登記簿調査は事例1カ所について平均二千円以上となり、複雑なものは数万円にもなる。これだけの調査を行うのだから、役所の手数料、交通費等実費としてかかる経費の他、鑑定士の人件費を考えると、5万円程度の報酬では赤字になってしまう。赤字にならないようにするには調査の手順を省略するか、数件の依頼をまとめて行えるような効率的処理ができるときである。たとえば机上の調査で現地を調査しない、裏付けとなる取引事例等も調べないのであれば、手順は大幅に簡略化できる。しかし、これを鑑定評価として考えるなら手抜きでしかない。鑑定評価と呼ぶことはできないはずである。 もちろん、正確な鑑定評価書までは要求しない、簡便なものをスピーディーに求める需要もある。そのような依頼者はおよその地価水準を得ること、あるいは対象不動産そのものの状況を把握することに主眼があるから、鑑定評価の手順を全て網羅した正確さを要求していない。その需要には別に対応することが必要である。 悪貨は良貨を駆逐する とは言っても、これらの簡略な調査需要には鑑定評価書ではなく、別の表現、たとえば調査報告書と言わなければ、鑑定評価のレベルを下げてしまうことになる。報酬数万円の鑑定評価書が一般的となってしまうと、数十万円、あるいは百万円以上の報酬をいただく鑑定評価書に対する信頼がなくなってしまう。そんなに簡単にできるのなら、鑑定評価報酬はもっと低くて良い、と言われてしまうのである。安い予算で発注した鑑定評価書は、内容の乏しいものでしかない。それが鑑定評価書として社会に蔓延するなら鑑定業界全体が問題の多いものとして捉えられ、信用を失墜するし、何よりも真面目に対応してきた鑑定業者は廃業をやむなくされる。 検査システムの不備 公共事業、自治体の発注する業務は受託者がきちんと納品をしたかチェックをするために完了検査を行う。鑑定評価の場合に、完了後の検査を発注者職員が行っているが、必ずしも鑑定評価の専門家ではない。さらに個人情報保護法の施行後は不動産取引情報の守秘義務を徹底するため、鑑定評価書には取引事例等の具体的記載がない。したがって、鑑定評価を手順通り正確に行った鑑定評価書も、途中を省略して(手抜きをして)作り上げた鑑定評価書も並べられただけでは全く違いが分からない。作成した鑑定士に問い合わせ、資料を提出させたうえ、鑑定評価の専門家がチェックすれば手抜きの有無を確認できるが、それは今のところあまり行われていないようだ。 とはいえ、ズサンな調査によって得られた鑑定評価書は、裁判になれば賠償責任の対象となる。作成した不動産鑑定士に責任があることはもちろんである。それとともに、問題を含む不動産鑑定評価書に基づいて行った契約は当事者のみならず、納税者、市県民(国民)の批判対象となる。正当な補償でない契約は、高値で買ったとすれば税金の無駄使いである。安値で買ったのなら補償不足となり権利者に対する正当な補償を命じた憲法29条違反となる。何よりも不当な鑑定評価を見逃した点は無駄な報酬支払いであることは言うを待たない。この点、買収でないときも、たとえば独立法人設立時の資産価値評価の時にも同じことが言える。国の財産を独立法人に渡すときの価値がでたらめであれば、ずさんな国有財産処分が行われたことになる。 鑑定評価と同様に受託者の個別の判断を求められる補償コンサルタント業界は、かつて精度監理を行っていた。成果品の内容、品質をチェックして、手抜きを防止するのである。補償コンサルタント協会が行っていた。現代風の言葉で言えば、医者の見立てを確認するセカンドオピニオンのように成果品の品質をチェックし、依頼者の期待に応えようとするものである。 その後、補償コンサルタント協会会員を指名した入札が多くなるにつれ、成果品の精度監理は不要として減少したらしい。 国土交通省でも低価格入札(ダンピング受注)に対して処置を考えている。監督の強化や問い合わせを強めていくとしているが、検査員の専門性が高くなければ実効性は乏しい。ましてや用地の専門家が少ない市町村職員にチェックを求めるのは難しい。 鑑定評価書の精度を高めるための検査方法としては、2つの側面から行うことができる 事後的なチェックシステム 一つは形式的なミスをチェックすること ①鑑定評価手法を適用する際のデータ転記ミス、あるいは計算誤り等がないか 単純な計算ミスをチェックすることである。 ②事例資料の調査にミスがないか 二つめは鑑定評価主体の判断に論理的なミスがないかをチェックすること ①事例地>対象地であるのに、地域格差が逆転しているとか、規準すべき公示地等の選定に無理がある、さらには収益価格を求める際に適用数値に論理的一貫性がない、等手法の選択、適用方法、採用数値等に問題がないかを見ることになる ②対象地や取引事例等を現地で確認しているか 対象地と取引事例地を比較することは、それぞれの不動産が持つ様々な価格形成要因を逐一対照していく必要がある。そのためには対象地同様に事例地の要因を調査する必要がある。取引事例カードは作成者が調査したものであるが、それを利用する評価主体は事例選択の結果責任を持つことになるから、当然に事例地について再調査をする必要がある。事例作成者がいるからといって調査義務を免れるわけではない。また、守秘義務上鑑定評価書に物件の位置情報を明記しないからといっても問題が生じたときには説明責任があるから明示する必要が出てくる。  これまでも、公共企業体の多くは取引事例の内容を別途明示するように依頼してきた。我々鑑定士としては、一般鑑定であっても、いざとなれば事例地の詳細を明示できるように準備しておかなければ最終的賠償責任を判断する裁判所の信頼を得られない。 鑑定評価書の精度監理をすることは、鑑定評価書そのものの信頼性を高めることになる。依頼者を含め第三者に対し、その鑑定評価書の品質保証をすることである。そのためには、形式的ミスや論理的ミスのみならず、地域の取引実勢を示す取引事例が現存するものであり、適切に比準作業をしていることを示す必要がある。 取引事例比較法が適切に行われていることを疑われるのは次のようなときに典型的である。 ①取引事例そのものが架空のものではないか ②取引事例の要因に誤りがあるとき(角地であるのに中間画地としている、地役権設定があるのに記載がされていないとき、等) ③位置的に近くとも、価格形成要因が大きく異なるとき(背後地の住宅から表の商業地を求める等) これらの多くは現地に行っていることを示せれば適切に行っていることを類推できるようになるだろう。 したがって、①(架空取引ではない)については、取引事例情報を一元的に管理する士協会が、事例の現存確認を証明すればよいだろう。士協会は守秘義務問題の起こらない公共機関の求めには内容を開示することとすれば、鑑定評価書を作成した担当鑑定士の負担を軽減することもできる。 ②、③については、当該士協会から情報を求めたときにはそれを明らかにする責任を鑑定士に持たせればよい。あるいは、事前に士協会に資料を提出し、士協会が事例資料を確認した証明を出すことにしても良い。提出すべき資料とは、事例地の登記簿謄本、公図、写真、あるいは役所等での調査メモが考えられる。 もう一つの考え方としては、岐阜県の森島先生が提唱しているように鑑定評価書の公開制度を法制化することであろう。鑑定評価書が公開されることになれば、作成した評価書を並べられて検証されるから過去に出した評価書との整合性が問われるようになる。説明のできない評価書は出せないから結果として問題のある評価書は淘汰されるだろう。確かに、公共企業体の鑑定評価書は公開されるのが一般的になった。裁判所判例でも個別の買収価格を決定する過程の公開を命じ、鑑定評価書も守秘義務に当たらないとした。時代の流れは公開をされることを前提としているとも言える。しかしながら、鑑定評価書が利害関係のない第三者にも公開されることは依頼者が望んでいない。価格等の問題だけでなく、調査をしていることを一般には知られたくない依頼者も多い。それを考えると、地域の標準画地価格までの計算過程のみを公開するか、あるいは士協会で閲覧できる仕組みとする方が現実的だろう。 地域の標準画地価格までであれば、対象不動産の個別的要因は明示する必要がない。対象不動産そのものや依頼者を明示せずに、依頼者の意識する対象不動産そのものに関連した内容については公開しない、とするべきだろう。 不動産鑑定士にとっても、一般第三者に鑑定評価書が公開されることは好ましいとは言えない。誰でもが評価書を見られるのであれば、調べたい地域内の鑑定評価書を探し、閲覧すれば価格水準は自ずと明らかになる。数人の評価書を見ればほとんど正確な数値を得られるだろう。したがって、鑑定評価書の公開は、鑑定需要を少なくすることになってしまう。鑑定業界全体の利害に関することであるから一般第三者には公開すべきではない。 取引情報を公開するかどうかについて、欧米では個別の地点までを公開する国もあるが、中には鑑定評価の専門家に限り公開する国もあった。評価書の公開も不当な鑑定評価をなくし、信頼性を高めるためのものであるから、目的外利用をされないようにすべきである。また、士協会に鑑定評価書を提出させるには、鑑定業者にインセンティブを与える仕組みが必要となる。 そのため、 ①閲覧を要求できるのは、官公庁と不動産鑑定士のみとする②依頼者、対象不動産の個別情報は非表示とし、地域の標準画地価格決定までの部分を公開する③鑑定評価書の信頼性を担保するため、将来鑑定評価書を公開する旨の保証書を士協会が発行することにする。士協会は鑑定評価書の提出を受けて上記の保証書を発行し、鑑定業者は保証書を添付した鑑定評価書を発行する。この保証書が一般化すれば、依頼者は保証書の着いた鑑定評価書を当初から求めるようになるから、業者にとっても保証書が必要になるだろう。 結論 鑑定評価書の品質を高め、業界全体の信頼性を確保するため、次の制度を提唱したい ①取引事例の現存確認制度  採用した取引事例が現存することを士協会が証明する  比準価格の正確さを証明するものではないが、嘘のデータや改ざんしたデータでないことは証明できる。依頼者や第三者に事例の内容を説明していくと、守秘義務を守らないことにもなりかねない。しかし説明責任をクリアするために、守秘義務の壁を守りながら、事例の存在を第三者が証明することによって、事例から比準価格の正当性を間接的に確保することができるだろう。 ②鑑定評価書の公開制度  標準画地価格決定までのプロセスを記載した評価書を士協会に提出、士協会は保存をする。不動産鑑定士および公共機関に限り開示、閲覧をできるようにする。公開を前提にすることから、後日説明責任を果たすためにいい加減な鑑定評価書は淘汰されるだろう。その結果、鑑定業界全体の信頼性が高まると考えられる。 ③鑑定評価書の呼称統一を提唱  鑑定評価の手順を厳密に行っている成果品のみを鑑定評価書とし、手順を簡略化、あるいは省略したものは鑑定評価書と呼ばないように業界全体が確認するべきである。机上鑑定あるいは簡易鑑定という言葉が世間に広まることは鑑定業界の自殺行為である。 参考 国土交通省  15.11.18公正取引委員会の研究会報告 低入札価格調査制度 最低制限価格制度 http://www.mlit.go.jp/singikai/kensetsugyou/tekiseika/040804/09.pdf 中央建設業審議会17.11. 2 会議資料 http://www.mlit.go.jp/singikai/kensetsugyou/tekiseika/051102/06.pdf  第8回入札契約の適正化に関する検討委員会会議資料- 公共工事に関する入札契約の適正化について Ⅳ)関係者の連携強化と発注者支援 (1)これまでの連携の取組みと現状 入札契約制度改革を進めるに当たっては、特に、公共工事の発注数で約9 割、発注金額で約7割を占める地方公共団体の対応が大きな課題となる。平 成5年及び平成10年の中央建設業審議会の建議や入札契約適正化法・適正 化指針に基づき、総務省と国土交通省が連携して、地方公共団体の取組みを 促し、また、支援してきたところである。また、公共工事品質確保法では、 国及び都道府県は、発注者を支援するため、必要な措置を講ずるよう努めな ければならない旨規定されたところである。 一方で、取組みが遅れている一部の地方公共団体の実情を踏まえれば、通 達等による指導や一方的な情報提供のみでは全体としての適正化が進みづら い状況にあると考えられる。 (2)新たな連携体制の構築 地方公共団体における入札契約適正化の推進のため、地方公共団体に共通 する課題について、情報交換や協議等を行い、関係地方公共団体相互の申し 合わせ等を通じて、各地方公共団体での取組みを強化するとともに、国及び 都道府県による市町村への支援、国の施策への反映等を進めることができる よう国と地方公共団体が一体となった新たな推進体制を構築すべきである。 その際、ブロック単位及び都道府県単位の公共工事契約業務連絡協議会の活 動の充実等についても検討すべきである。 (3)発注者支援のための外部機関の活用促進 中小規模の発注者においても、発注者として求められる措置の適切な実施 が可能となるよう、独立行政法人等における受託制度や都道府県の建設技術 センター等の活用、国及び都道府県の発注関係・建設業関係部局との連携等 を進めるとともに、民間事業者の活用についても検討すべきである。この際、 公的機関以外の組織による発注関係事務の実施については、当該組織の中立 性・公正性を確保しつつ、当該組織に求められる業務の適切な実施が可能と なるよう、制度の整備も含めて検討していくべきである。 (4)発注関係業務に従事する専門家の育成 各施策の実施に伴い事務量の増大が想定されるほか、一定水準以上の専門 知識を有した専門家が必要となることが想定されるため、発注関係業務に従 事する際に要求される専門知識の習得を図る観点から、発注関係業務を適切 に遂行することができる個人としての専門家の育成を進めるべきである。ま た、資格の付与や認定方式を含め必要な制度の整備についても検討する必要 がある。
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