裁判上の鑑定評価は何のために?

裁判官から担当事件について、お礼の手紙をいただいたことがあった。

スポーツクラブの継続賃料、景気低迷を受けて減額請求訴訟であった。双方の主張は正反対、和解のメドもなかった。裁判官からすれば気が重い事件である。どんな判決を書いても必ずいずれかが控訴し、高裁で改めて争われる。
裁判官の判決文も高裁の裁判官に審査されることになる。

評価命令を受けて、調査に入り、双方からの主張、資料もいただいた。
評価書を提出、書記官が双方代理人に送って次回期日を迎えた。

「評価書の結論の数字で異論ありません。裁判所から和解を勧告されればお受けします」
双方の代理人とも同じ意見だった。

賃借人のスポーツクラブ経営者は「評価書の事実認定は当方の主張も取り入れられ、物件調査、市場調査も申し分ない。物件についての収益性分析は今後の運営にも役立つものであった。」

賃貸人(家主の不動産会社)は、「全国で同じような物件を扱っているが、こんなに分かりやすい評価書はなかった。役員会、株主総会で質問されても対応できる」

類似のスポーツクラブの経営分析を比較資料として、対象物件の運営状況を加味した収益分析を重視したのが双方に好感されたらしい。

裁判官の手紙には「あれほど揉めていた事件であったのに、先生の鑑定評価書を見ていただいたら、すんなり解決しました。ありがとうございました。」とあった。

裁判所の鑑定評価には気が重いときもある。
公判に証人として呼ばれ、当事者あるいは代理人弁護士からアラを探られ、不愉快な質問にも答えなければならない。
たしかに評価書の結論が自分の主張と隔たりがあれば、ひとこと言いたいのも人情である。

とはいえ、当事者の主張や前提条件を踏まえて法律判断も加味した鑑定であれば、「一応言っておきたいが結論はやむを得ないか」という当事者も多いのである。

当事者の多くは争いを求めていない。紛争に巻き込まれた意識が強い。早く良い解決がしたいのである。
双方の主張から、法律的観点と、経済的な鑑定の観点から解決に当たっての落としどころを探すのである。
このことは、調停委員を18年という長い期間経験したことから会得した技術でもある。

先日の調停でも私はお話しした。
「残念なことに紛争は生じてしまいました。しかし調停は裁判と違って過去の清算ではありません。当事者がこれから幸せになって生きていける道を探す。前向きな解決をしましょう。相手のことではなく、あなたが幸せになる解決方法を探してみましょう」

継続賃料の問題は、現在進行形。
裁判が終わっても当事者は長いつきあいが続く。
紛争の種を小さいまま消しておかなければ、やがて芽を吹いてしまう。
判決に不服ながら了解するのでなく、双方の合意ができたことは、また以前と同じような関係に戻れるのだ。

裁判からのお礼の手紙を受けとったことは、やりがいのある仕事に就けた喜びを感じたときでもあった。